輸送における危険物
危険物といえば、消防法の危険物を思い浮かべる方が多いと思います。しかし世界で危険物といえば「危険物輸送に関する勧告」という国連勧告のモデル規則に基づくものを示します。
日本においても船舶輸送、航空機輸送においてはこの勧告に基づくIMO(国際海事機関)あるいはIATA(国際民間航空輸送協会)の危険物輸送規則/規程にある危険物が規制されます。
船舶輸送と航空機輸送は分類においては国連分類に基づいていますが、航空機の場合その特徴から一部その輸送に制約がつけられています。
因みに、国連危険物輸送勧告はオレンジ色の表紙の本であるため、一般的に「オレンジブック」と呼ばれています。
身近に国際輸送*1における危険物を示しているのは、郵便局が扱っているEMS(Express Mail Service)のパンフレットに記載しています。EMSのパンフレットでは各類の正確な基準、記述ではありませんが、EMSもそのカテゴリーであるクーリエ(国際宅急便)では国連勧告基準に基づく危険物は輸送できないことが示されています。
*1国際輸送に限らず、国内においても船舶あるいは航空機による輸送においては国連勧告のモデル規則に基づく規制を遵守することが義務付けられています。
国連勧告は危険物を9つのカテゴリーに分類しており、火薬、ガス、液体、固体など対象となりますが、国内の陸上輸送は消防法危険物、高圧ガス保安法、火薬類取締法、毒物及び劇物取締法など各法律により定められています。
国内で最も一般的な消防法危険物と、国連勧告の危険物は名称が同一あるいは類似しているものがあるにもかかわらず、その分類基準が異なるため、誤解されている場合も少なくありません。
国連勧告による危険物は以下のように分類されます
- クラス1:火薬類
- クラス2:ガス[2.1 引火性ガス、2.2 非引火性・非毒性ガス、2.3 毒性ガス]
- クラス3:引火性液体
- クラス4:可燃性物質[4.1 可燃性固体・自己反応性物質、 4.2自然発火性物質、 4.3水反応性物質]
- クラス5:酸化性物質[5.1 酸化性物質、 5.2有機過酸化物]
- クラス6:毒物類[6.1 毒物、 6.2 伝染性病原体等]
- クラス7:放射性物質
- クラス8:腐食性物質
- クラス9:その他の有害性物質 [リチウム電池類、海洋汚染物質]
一方消防法危険物は以下の六つに分類されます。
- 第一類:酸化性固体
- 第二類:可燃性固体
- 第三類:自然発火性物質及び禁水性物質、固体または液体
- 第四類:引火性液体
- 第五類:自己反応性物質、固体または液体
- 第六類:酸化性液体
国連勧告での危険物は、輸送に際して直接種々の危険性を示すものが包含されますが、消防法上の危険物はその範囲は液体または個体で、燃焼危険性に係る物質に限定されています。
しかも、消防法の危険物では第二類可燃性固体のうちの引火性固体及び第四類の引火性液体以外は消防法で定められた品名が優先します。このため引火性固体、引火性液体以外の危険物はまず各類が定める品名及びこれを含まなければ消防法危険物から除かれます。
第二類の可燃性固体は、品目指定されている硫化りん、赤りん、硫黄、鉄粉、金属粉、マグネシウム及びこれを含んでいなければ可燃性固体には該当しません。引火点が40℃未満であれば引火性固体に該当しますが、引火点が40℃未満の個体はたいへん稀ですので、品目指定されているものが含まれなければ一般的に消防法危険物非該当となります。
例えば、窒化チタンの粉末は粒径によっては消防法で要求される小ガス炎着火試験で着火しますが、窒化チタンはセラミックスとして判断され、第二類の品目には該当しないため消防法上は非危険物となります。
一方、国連勧告はクラス毎に基準があり、この基準に基づき判断されます。国連勧告 クラス4.1可燃性固体は、燃焼速度試験という試験の結果に基づき該否判定され、該当する場合は容器等級(GHS分類の場合は区分)が決められます。
このように、国連勧告と消防法危険物ではその対象範囲並びに判定の基準が全く異なりその判断には注意が必要です。
国連危険物輸送勧告とGHS*2分類
国連危険物輸送勧告の話をする場合、もう一つの国連勧告GHSについても少し触れておく必要があります。
国連の危険物輸送に係る勧告は1957年に始まり、その後改訂を重ね、昨年18改訂版が発行されて、輸送における危険物を規定しています。一方GHSとは化学物質をグローバルに取り扱う上で、各国のハザード*3の物指を同じにするために、2003年に国連が勧告したもので、輸送上の危険性に留まらず、作業者の安全性及び環境への影響などもその範囲になっていて、対象の範囲はGHSのほうが広くなっています。
国連危険物輸送勧告は前述のとおり「オレンジブック」呼ばれていますが、GHS勧告は表紙が紫色のため、「パープルブック」と呼ばれており、現在国連が出している勧告はオレンジブックとパープルブックの2つがあります。
*2GHSはThe Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicalsの略で、日本においては「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」と訳されている。
*3ハザードは日本語では「危険(性)」と訳されますが、リスクも同様に「危険(性)」と訳され、よく混同されます。ハザードとは物質そのものが持つ危険性で不変のもので、リスクはハザードに曝露程度をかけたもので、周囲の環境などにより変化します。例えば檻に入っているライオンと、檻に入っていないライオンがいる場合、それぞれのライオンのハザードは同じですが、リスクは檻に入っているほうが著しく小さくなります。このようにリスクは環境や用途、使用方法などにより変化します。
オレンジブックは前述のとおり輸送時の危険性を対象としていて、物理化学的危険性、急性毒性、腐食性、海洋汚染性などがその範囲です。パープルブックは取扱いにおける危険性が対象でオレンジブックの範囲以外に、感作性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖発生毒性等反復曝露や長期曝露による危険性やオゾン層への有害性なども対象にしています。
また同一項目の分類においても、パープルブック(GHS)のほうがオレンジブック(輸送での危険物)より広く分類しているものもあります。
分類基準当初一部異なる項目がありましたが、現在はほぼ同一になっています。ただし、ごく一部異なる部分もまだ残されています。
以下に危険物勧告の項目とGHS項目の比較を示します。
GHS分類 | 国連危険物輸送 | GHS分類 | 国連危険物輸送 |
---|---|---|---|
火薬類 |
クラス1 火薬類 |
急性毒性 |
クラス6 毒物類 |
引火性ガス |
クラス2 ガス類 |
皮膚腐食/刺激性 |
クラス8腐食性物質 |
引火性エアゾール |
眼重篤刺激/刺激性 |
- | |
酸化性ガス |
呼吸器/皮膚感作性 |
- | |
高圧ガス |
生殖細胞変異原性 |
- | |
引火性液体 |
クラス3 引火性液体 |
発がん性 |
- |
可燃性固体 |
クラス4 可燃性物質 |
生殖毒性 |
- |
自己反応性物質 |
標的臓器/全身毒性(単回) |
- | |
自然発火性液体 |
標的臓器/全身毒性(反復) |
- | |
自然発火性固体 |
吸引呼吸器有害性 |
- | |
自己発熱性物質 |
水生環境有害性(急性) |
クラス9海洋汚染物質 |
|
水反応可燃性物質 |
水生環境有害性(慢性) |
||
酸化性液体 |
クラス5酸化性物質 |
オゾン層への有害性 |
- |
酸化性固体 |
- | クラス7放射性物質 |
|
有機過酸化物質 |
- | クラス9その他の有害性 (リチュウム電池) |
|
金属腐食性物質 |
クラス8腐食性物質 |
- |
国連勧告と消防法危険物
前述のとおり、国連勧告での危険物と、日本の消防法危険物はその範囲、基準が異なりますが、同一あるいは類似した名称を付けており、「国内で消防法可燃性固体の判定のために小ガス炎着火試験を実施して、可燃性固体ではなかったのですが、国連の可燃性固体にも該当しないでしょうか?」というような問い合わせをよく聞きます。
国連勧告と消防法の危険物を以下の表で対比してみます。
国連分類 | 試験法概要 | 消防法 | 試験法概要 | |
---|---|---|---|---|
第3類引火性液体 |
密閉式引火点 初留点 |
第四類:引火性液体 |
引火点、粘度、沸点 発火点、燃焼点 |
|
第4類可燃性物質 |
可燃性固体 |
燃焼速度試験 |
第二類:可燃性固体 |
小ガス炎着火試験 引火点 |
自己反応性物質 |
構造、SADT,DSCで絞る(試験は複雑なフローに基づく) |
第五類: 自己反応性固体・液体 |
圧力容器試験 熱分析試験 |
|
自然発火性液体 |
磁性カップに注ぐ、ろ紙に滴下、発火・焦げ |
第三類: 自然発火性物質、液体 |
磁性カップ滴下、ろ紙に滴下、発火・焦げ |
|
自然発火性固体 |
1m高さから不燃材表面に落下、発火観察 |
第三類: 自然発火性物質、固体 |
ろ紙上に置く、1m高さから落下、発火観察 |
|
自己発熱性物質 |
蓄熱性試験 |
【該当するものがない】 |
- | |
水反応性物質 |
水中に添加、発生ガスの自然発火、ガス量を段階的に見る |
第三類:禁水性物質 |
水中での自然発火、発生ガスの着火、ガス発生量測定 |
|
第5類 酸化性物質 |
酸化性液体 |
燃焼による圧力上昇時間を標準と比較 |
第六類:酸化性液体 |
燃焼時間の標準との比較 |
酸化性固体 |
燃焼時間を標準と比較 |
第一類:酸化性固体 |
燃焼試験、落球式打撃試験 |
|
有機過酸化物 |
構造絞込み(試験は自己反応性と同じ) |
第五類に含む |
第五類に同じ |
上記の中で緑のセルは国連勧告と消防法の試験方法・基準がほぼ同じ。黄緑のセルは試験方法・基準が部分的に同じで一部判断できる。黄色のセルは試験法が異なるが、スクリーニング的には使える可能性あり。赤のセルは全く異なる試験で判断できない。
ただし、前述したように、消防法危険物では品目が優先するため、消防法では危険物に非該当でも、国連勧告では危険物に該当することはよくあります。
例えば、可燃性固体は消防法では前述した品目に限られていますが、国連勧告では燃焼速度試験で基準内で燃焼すれば危険物に該当するので、粒径が小さければ、有機物、炭素などの粉末などは可燃性固体になることがあります。
また、消防法では第四類引火性液体において、アルコール類や可燃性液体量が少ない物の例外規定があり、国連勧告では引火性液体に該当するが、消防法では危険物非該当というものもあるので注意する必要があります。例えば40%エタノール水溶液はその引火点と初留点から国連勧告では引火性液体、容器等級Ⅲに該当するが、消防法では60%未満のアルコール水溶液は非該当です。このためアルコール度数40%のウイスキーは空輸・海上輸送では危険物ですが、陸送では危険物に該当しません。酒類以外にも化粧品、エキス類などにこれに該当する可能性がある場合があります。
また、可燃性固体や国連勧告にある自己発熱性物質は固体が対象ですが、同じ物質でも粒径・比表面積などにより結果が異なる場合があり、時には不純物成分、酸化防止剤の含有率などによっても結果が異なる場合があるため、同一物質であっても他社のデータをそのまま使うことはできません。
この自己発熱性物質は日本ではあまり聞きなれませんが、バルクに積み上げられた時、酸化により内部蓄熱して自然発火する可能性を持った物質があり、内部蓄熱する場合その包装容積含めた規制を定めたものです。元々3m立方で50℃自然発火する木炭をもとに作られた試験方法及び基準です。前述したように含有する金属は蓄熱性を促進するものがあり、活性炭を担体とした金属触媒などは自己発熱性物質に該当するものもあります。
国連勧告と消防法危険物:引火性液体
国連勧告と消防法における危険物で、同じ名称で、多くの物質が危険物に該当し、その該当範囲が異なります。引火性液体の場合両規制とも、基本的には引火点により分類されますが、危険物の対象となる引火点範囲が国連危険物勧告では60℃以下、消防法では250℃未満と大きく異なり、引火点が60℃超で250℃未満の液体は国連勧告では危険物非該当ですが、日本における陸上輸送、保管、製造、取扱いにおいては消防法の危険物に該当します。
以下に国連勧告と消防法の引火性液体の比較を示します。
国連勧告 GHS区分 |
判定基準 | 消防法(引火点) |
---|---|---|
容器等級Ⅰ GHS 区分1 |
引火点<23℃)& 初留点≦35℃ |
特殊引火物 ≦-20℃(発火点≦100℃) 第1石油類 < 21℃ アルコール類(C3まで) 第2石油類 21℃≦引火点<23℃ |
容器等級Ⅱ GHS 区分2 |
引火点<23℃ & 初留点>35℃ |
|
容器等級Ⅲ GHS 区分3 |
23℃≦ 引火点 ≦60℃ |
第2石油類 23℃≦引火点≦60℃ (第2石油類 21℃≦引火点<70℃) |
非該当 GHS 区分4 |
60℃< 引火点 ≦ 93℃ |
第2石油類 60℃<引火点<70℃ 第3石油類 70℃≦引火点<200℃ |
(区分外) |
93℃< 引火点 |
第3石油類 70℃≦引火点<200℃ 第4石油類 200℃≦引火点<250℃ |
装置 |
密閉式引火点(タグ、セタ) |
≦80℃ タグ密閉式 <80℃ クリーブランド開放式 |
初留点 |
混合物の考え、純品は沸点で可 |
引火点、組成により動粘度、燃焼点、発火点、沸点、他測定必要 |
両規制とも、例外的な取扱いがあり、引火点、初留点以外の測定が必要な場合があります。
特に消防法ではC3までのアルコール成分が60%未満の水溶液及び可燃性液体量が40%以下で、引火点が40度以上で燃焼点が60℃以上のものは消防法危険物に該当しません。
引火点とは、火源が存在して火が付く温度で、発火点は火源がなくても火が付く温度を言い、引火点は密閉式と開放式の測定器があり、国連勧告(GHS分類)は密閉式で、消防法は80℃まではタグ密閉式で、80℃超の場合はクリーブランド開放式で測定することが定められています。また消防法ではタグ密閉式で引火点が80℃以下でも、引火点の温度での動粘度が10cSt以上の場合はセタ密閉式で引火点を測定し、その引火点温度で判定すると規定されています。
国連勧告においても、容器等級Ⅲ該当で燃焼継続性がない物質は危険物として扱わなくてもよいとか、容器等級Ⅱ該当で粘性がある液体は容器等級Ⅲの容器での輸送が認められるなど例外規定があるため、判定においてはその製品ごとに精査する必要があります。
海外から見ると日本における消防法危険物は国際法に整合していないので貿易摩擦の原因として取り上げられています。
しかし、日本での出火原因物質別での発生件数において危険物の火災のうち、第四類引火性液体が93%でこのうち少なくとも38%が国連勧告では危険物に該当しない引火点の物質であること(平成25年度)、逆に可燃性固体では消防法で危険物に該当しない、粉末の有機物やプラスチック等が国連勧告では危険物に該当し、これらを消防法危険物の対象とすると膨大な費用、労力などが発生することなどから、今後も消防法は国際法とは別の基準で進められると推測します。
国連勧告と消防法危険物:可燃性固体
引火性液体では、国連勧告も消防法も基本的には引火点で判定していましたが、可燃性固体は両規制で異なる判定方法を用いています。
前述しましたが、消防法では可燃性固体の場合まず、品目に該当しなければ可燃性固体としての危険物には該当しません。 引火点を測定して引火点が40℃未満の場合、危険物の引火性固体に該当しますが、一般的に燃焼は揮発した気体が燃焼する現象ですので、40℃で引火する固体(粉末)はメタノールをゲル化剤で固化したような固形燃料などかなり限られた物質です。
それ以外の可燃性固体は消防法では、品目に該当する硫化りん、赤りん、硫黄、鉄粉、金属粉、マグネシウム及びこれを含んでいる場合、小ガス炎着火試験を実施し10秒以内に着火すると、着火時間により第1種可燃性固体あるいは第2種可燃性固体に判定されます。
一方、国連勧告では、指定品目はなく燃焼速度試験で基準を満たせば可燃性固体に分類されます。
ただし、基準は金属粉と金属粉以外では異なり、金属粉のほうが燃焼した場合、危険性が高いので、金属粉以外に比べ燃焼速度が遅いものまで危険物としています。
予備試験において一定時間で燃焼しなければ、本試験を行わず、可燃性固体非該当としてよいとされています。
/ | 試験結果 | 判定 | |
---|---|---|---|
金属粉以外 | 金属粉 | ||
(1) |
燃焼時間が45秒未満または燃焼速度2.2㎜/秒超で、且つ燃焼が湿性部を越えて伝播するもの |
試料全長の反応時間が5分以下のもの |
UN クラス4.1 容器等級Ⅱ または、GHS 可燃性固体 区分1 |
(2) |
燃焼時間が45秒未満または燃焼速度2.2㎜/秒超で、且つ燃焼が湿性部で4分以上とどまるもの |
試料全長の反応時間が5分超、10分以下のもの |
UN クラス4.1 容器等級Ⅲ または、GHS 可燃性固体 区分2 |
ただし、消防法で危険物可燃性固体の対象外となる、有機物粉末(有機薬品、樹脂粉末等)やセラミック類等も国連勧告では可燃性固体に該当することがあるため、消防法で危険物でなくても国連の危険物判定するためには試験を実施する必要があります。
また、燃焼速度は同一物質であっても粒径・粒度分布などによって異なる結果が出るため、文献データ等使うことができません、自社の製品で測定するほかはないと思われます。
国連危険物勧告の毒物と日本の毒劇法の特異性
国連危険物勧告における毒物は以前は液体と固体で基準が別れていましたが、国連のGHS勧告を定めるときに、GHS勧告に合わせて一元化し、それまで各国でまちまちに用いられていた基準を統一しました。ここでいう毒物は急性毒性の値を基準に分類しており、急性毒性はその曝露経路から経口、経皮、吸入の3つの評価方法があります。ここでは最も一般的な曝露経路である、急性経口毒性で説明いたします。GHS分類では、急性経口毒性の半数致死量LD50*4が5mg/kgまでが区分1(国連危険物毒物 容器等級Ⅰ)、同5mg/kgから50mg/kgまでが区分2(国連危険物毒物 容器等級Ⅱ)、同50mg/kgから300mg/kgまでが区分3(国連危険物毒物 容器等級Ⅲ)、300mg/kgから2,000mg/kgまでが区分4(国連危険物 非該当)に分類されます。
日本の毒劇法ではLD50が50mg/kgまでが毒物、50mg/kgから300mg/kgまでが劇物*5に相当する基準であります。
GHS分類が勧告されるまでは、EUは25mg/kg、200mg/kg、2,000mg/kgで区分、米国は50mg/kg、500mg/kg、2,000mg/kgで区分、国連危険物は5mg/kg、50mg/kg、200㎎/kg(固体)、500mg/kg(液体)で容器等級を割り付け、毒劇法では25mg/kg、300mg/kgで毒物、劇物を規定していましたが、現在はすべてGHS 区分の閾値に統一されました。
区分3の基準はEUと米国で閾値が分かれていましたが、日本の提案で300mg/kgに決まったと聞いています。
GHS分類も国連危険物勧告も毒性試験の結果で分類並びに危険物該否を判断しますが、日本の毒劇法における毒物・劇物はあくまで判定の基準であって、毒物及び劇物は法令あるいは政令で定められている物質だけが規制の対象となります。
ゆえに、試験をして例えばLD50が50mg/kgあるいは300mg/kgより強い毒性を持った物質でも、法令あるいは政令で定められていなければ毒物、劇物に該当しません。
逆に毒性がこれらより弱くても毒物あるいは劇物に指定されているものもあります。例えばメタノールはげっ歯類でのLD50がGHS分類では区分外(5,000mg/kg超)に該当しますが、過去に事故の事例が多く、毒劇法においては劇物に指定されていますし、国連の危険物勧告においても毒物(容器等級Ⅲ)となっています。NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)が公開しているGHS分類では、平成18年度の分類では区分外でありました、平成22年度にヒトでのLD50(1,400mg/kg)データを基に区分4に修正されています。
急性毒性のGHS分類では、通常ヒトの情報がないため、齧歯類を用いた毒性試験のLD50(吸入の場合はLC50)の値を基に分類し、メタノールのようにヒトの情報に基づく分類は大変稀なケースであります。
急性毒性は、以前は多くのラットを用いてLD50を数値として求める試験(OECD TG 401*6)が実施されていましたが、現在は動物愛護上の観点から、試験に用いる動物数を減らしてLD50を範囲で求める試験(OECD TG 420、TG 423、TG425*6)に切り替わっています。
以前の試験法は廃止され、これらの方法で失した試験結果はEUでは受け入れてくれません。
*4LD50 :半数致死量、試験に供した動物の半数が死亡する動物の体重1kgあたりの量
(吸入毒性の場合は半数致死濃度となりLC50で表します。)
*5劇物は急性毒性だけではなく皮膚腐食性、眼に対する重篤な刺激性も含めて判断します。
*6毒性試験を含め化学物質の物理化学特性、生体毒性、環境中での運命試験など、試験方法が異なると貿易障害になりえるので、OECD(国際経済協力機構)がその試験方法を決めていて、その試験ガイドライン(TG)番号で各国同じ試験方法で評価している。
日本の毒劇法では前述したとおり法令あるいは政令で指定された物質が毒物あるいは劇物に該当します。
例えば、物質だけが該当しているもの、物質及びそれを含む製剤が該当しているもの、製剤でもある閾値以下で非該当になるものなどがあり、また閾値も物質ごとに異なるため、製品が毒劇法に該当するか否かの判断もかなり複雑です。
例えば前述のメタノールは法令劇物で、法令劇物のリストには「83.メタノール」として劇物対象になっています。法令劇物のリストの最下段には「前各号に揚げる物のほか、前号に揚げる物を含有する製剤その他劇性を有するものであって政令で定めるもの」という記載があります。
政令劇物を見ますと「メタノールを含む製剤」という記載ありません、ですので「メタノール」そのものだけが劇物の対象で、メタノールを含む製剤は劇物に該当しません。
一方硫酸も劇物であり、硫酸そのものはメタノール同様、法令で劇物指定されています。 政令を見ますと「硫酸を含有する製剤。ただし10%以下を含有するものは除く。」とありますので、10%を超える硫酸を含む製剤は劇物となります。
メチルエチルケトンという有機溶剤もそのものだけが劇物に指定されていて、製剤は劇物に指定されていません。このため劇物のメタノールとメチルエチルケトンの混合物はそれぞれの製剤となり、劇物ではなくなります。
このように毒劇法では、不可解あるいは難解な部分が多くありますので、いくつか事例を挙げてみます。
政令毒物に
「アジ化ナトリウム及びこれを含有する製剤。ただし、アジ化ナトリウム〇・一%以下を含有するものを除く。」
「アバメクチン及びこれを含有する製剤。ただし、アバメクチン一・八%以下を含有するものを除く。」
とあります。 政令劇物を見ますと「アバメクチン一・八%以下を含有する製剤」とアバメクチンの1.8%以下の製剤は劇物指定されていますが、アジ化ナトリウムの0.1%未満については記載がありません。このためアジ化ナトリウムの0.1%未満の含有製剤は毒物でも劇物でもなくなりますが、アバメクチンは、1.8%未満で含有していれば1ppmであっても劇物になります。
また、有機シアン化合物及びこれを含む製剤は政令劇物で、ただし次に揚げる物を除くとあります。
現在除かれている物質は172あり、年々増えています。(試験をして基準を満たせば劇物除外することができます。)
この中に、(33)高分子化合物とか(105)染料がありますが、当局にこれらの定義を聞きましたところ、明確な定義はありませんでした。
あるいは政令劇物には以下のような記載もあります。
「燐化亜鉛を含有する製剤。ただし、燐化亜鉛一%以下を含有し、黒色に着色され、かつ、トウガラシエキスを用いて著しくからく着味されているものを除く。」
「ナラシン又はその塩類のいずれかを含有する製剤であって、ナラシンとして一〇%以下を含有するもの。ただし、ナラシンとして一%以下を含有し、かつ、飛散を防止するための加工をしたものを除く。」
「塩化水素と硫酸とを含有する製剤。ただし、塩化水素と硫酸とを合わせて一〇%以下を含有するものを除く。」
さらに、毒劇法では「○○と○○を含有する製剤。」とある場合、閾値が記載され✕✕%以下のものを除くとの記載がなければ、閾値はありませんので、混ぜた製剤であれば含有率に係りなく例えば1ppmであろうが1ppbであろうが毒物あるいは劇物の対象になります。
ところが、不純物はこれに該当しませんので、不純物として毒物・劇物が100ppm含まれていても毒劇法の対象にはなりません。
また、物質だけが対象となるとき、これは工業製品としての純品を示しますので、工業製品として純度が98%メタノールは劇物ですが、他の薬品を1%添加した純度99%メタノールは劇物に該当しないことになります。
そして、用語の意義として「製剤」が使用された状態においてはもはやその物質の製材とは考えないとしており、水銀温度計の水銀やホルマリン漬けされた生体資料などのホルマリンは既に使用されたものと判断され毒劇法の対象ではなくなります。
このように、毒劇物の判定は含有する成分情報だけで判断できないこともあり、毒劇法の判断は慎重に行う必要があります。
新規化学物質
日本において新規の化学物質を製造あるいは輸入する場合、事前に決められた試験を行い、届出を行うことが2つの法律、化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)および安衛法(労働安全衛生法:労安法ともいう)において定められています。
2つの法律は近年、物質名称や定義について安衛法を化審法に合わせてきていますが、法律の目的が異なるため違う部分も残されており注意する必要があります。ここでは化学物質を対象に作られた化審法を中心に少し説明します。
化審法は昭和48年9月に制定され、新規化学物質を製造あるいは輸入する場合、事前に定められた試験を実施し届出を行い、審査を受けなければいけないことを定めた法律で、世界で同様の目的の法律に先駆けて施行されました。
化審法が策定された背景は、
化学物質のうち、環境中で生体内に濃縮される化学物質があり、これらの物質は微量な濃度で排出されても生態系の食物連鎖を通して濃縮され、例えば魚などを経由してヒトに高濃度で取り込まれる恐れがあります。昭和40年代前半に環境中の残留塩素系農薬を調べていたところ、魚や鳥の体内から測定を妨害する不明物質が検出され、高い生物濃縮性が示唆されました。このような高い生物濃縮性を示す化学物質は環境を経由して人への悪影響を及ぼし、これらを防ぐためには出来上がってしまった化学物質を規制するのでは極めて非効率であり、これらを製造・輸入する前に規制する必要が生じ、化審法の策定になりました。
その生体から検出された、訳の分からなかった物質がPCB(ポリ塩化ビフェニル)という、熱に非常に安定で壊れにくく、有機物との相溶性もよかったため、化学工業・食品産業等の熱媒、電気のトランス油・コンデンサー油、印刷インクの溶媒として多用途に使われていた化学物質でした。
化審法制定の昭和48年9月に、当時市場に流通していた化学物質を既存物質として各関係団体を経由して届出させ、約21,000物質が既存化学物質として登録されました。化審法施行後は何らかの試験を実施し、届出されたものを判定して登録されています、これを新規告示物質と言います。化審法は施行後3回法律改正がされており、改正により要求される試験が増えているため、新規告示物質はその届出時期により実施されている試験が異なります。
日本においては化審法既存物質あるいは新規告示物質であれば製造・輸入ができますが、既存物質並びに施行後初期に届出された化学物質には名称範囲が広いものもあり、特に既存登録は非常に短期間で行われたため、提出された情報が正しくないことなどもあり、既存物質の該否調査は難しい場合もあります。
経済産業省および経済産業省の独立行政法人である製品評価技術基盤機構(NITE)*7ではNITEのHPにあるCHRIP(化学物質総合情報提供システムChemical Risk Information Platform)で既存該否を調べることを薦めています。勿論CHRIPは化審法既存該否調査に有効であることは確かですが、前述のとおり既存物質は名称範囲が広かったり、あるいは間違ったものも、同一物質で化審法番号が複数個(4-5個)あるもの、一つの化審法番号で千以上の物質が含まれるものなどもあり、CHRIPでの調査だけでは実際は既存物質であっても化審法番号にたどり着かないこともよくあります。
また化審法は運用通知(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律の運用について)により既存物質の定義や例外規定が定められていて、これにより既存物質ではないが既存物質とみなせる(みなし既存)物質もあり、みなし既存の物質は新規物質して扱わなくてもよいとされていて、新規化学物質ですが化審法届出しないで製造・輸入できるものなどもあります。
NITEが数年前に実施した化審法番号とCAS番号約65,000物質の照合した結果が公表されていますが、これも既存調査の有効な手段として使うことができます。
これまでの経験では、海外の企業から、化審法で新規だとして問い合わせされた物質のうち、本当に化審法で新規物質だったのは10物質中1~2物質程度でありました。そのほとんどが化審法の物質の定義の理解不足で既存だったり、みなし既存に該当したりする物質でしたが、これを海外の方に説明して理解してもらうことはかなり困難なことでした。
化審法届出には試験費用等で通常3,000万円程度の費用と2年ほどに期間が必要となります。
輸入品などで新規物質が含有している可能性があるものは、既存調査をきちんとしておくことをお勧めし、用途・数量・取扱い方法などにより通常の届出をしなくて済む場合もありますので、専門家に相談することも一方法と思います。
なお、安衛法での新規物質の届出は試験費用(Ames試験)*8が40万円程度、期間は3か月程度で済みます。
*7化審法は厚生労働省、経済産業省、環境省の3省が管轄しており、NITEが窓口をしています。現在化審法では分解性、蓄積性、スクリーニング毒性(2種の変異原性と28日反復毒性)、生体毒性(藻類、ミジンコ、魚類の3試験)を要求していますが、分解性・蓄積性が経済産業省、スクリーニング毒性が厚生労働省、生体毒性が環境省の管轄になっています。
*8Ames試験〈エームス試験〉:変異原性試験の一種で、最も一般的な変異原性試験で、化審法でも要求されています。カルフォルニア大学のAmes博士により開発されたためこう呼ばれますが、正式には「細菌(微生物)を用いた復帰突然変異試験」といい、化審法では「細菌を用いた・・・、安衛法では「微生物を用いた・・・としています。(どちらも同じ試験です)
余談:化審法の届出書は3部、厚生労働大臣、経済産業大臣、環境大臣あてに提出し、宛先に3大臣を併記しますが、順番は上から上記の順番で記載しないと受領されません。(大臣順位のようです)